地名の由来4

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綾羅木

【綾羅木】
 (1)竹生観音の霊木がこの海に流れ着いたとき、人々が「あ
   やら」という嘆美の言葉を発したのに由来するという説。

 (2)神話に出てくる阿波岐原に基づく説。「あわぎ」が訛っ
   たものだという。

 (3)神功皇后の遠征渡海に際し、この浦で「あやら」と勝鬨
   をあげたことに由来するという説。
  
 この付近は古くから開け、当然朝鮮との交流もあったことが考えられ、渡来者も多かったはずで、その中の秦(ハタ)氏の部族である漢部(アヤベ)があり、この地に居住して養蚕や織物などの仕事にあたったものではないか。
 アヤラギはあるいは綾原(アヤハラ)がアヤラになり、これに綾楽の文字を当ててアヤラキとなったものか。
「楽(ラ)」をラキ・ラクというようになる例は多い。としている。                  
                         『山口県地名考』(高橋文雄)


 建武二年(1335年)南北朝時代
  4月8日の「武久家文書」に、薭田次郎兵衛尉経清が「長門国成富名并綾羅木屋
  敷」を知行していたと記されているのが文献資料による綾羅木の名の最初の記録
  ある。

 天正十六年(1588年)
 『忌宮神社文書』閏5月13日付の二宮神領付立に「綾良木」の名が見える。また 
 「阿井羅木」と記されたこともある。(『寺社由来』文禄二年勝応寺文書)

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